金工家・植田千香子―当家とも長い付き合いで、同じく金工家でいらっしゃる植田参稔氏のご息女である。千香子さんが参稔工房に入門してから10年、伝統工芸の世界で奮闘する彼女を陰ながらに見守ってきた。
彼女の手によって生み出される作品は、どれもシンプルで気どらない。そして、その中での控えめな装飾、柔らかな曲線や波線がなんとも心地良く目に映る。
千香子さんご本人もまさに、そんな優しく穏やかな空気をまとった女性だ。
●金属工芸の世界へ
幼い頃より絵を描いたり、ものをつくることが好きな女の子だったという。大学時代には美術部に所属。大好きな絵を描き続けていた。
そんな彼女が、金工の世界に入ることになったきっかけ、そこには少なからず父親の影響があったのだろう。
もの心ついた頃より、父・参稔氏が金属と向き合うその背中をずっと見てきた。身の内に宿る“ものづくり”への欲求が金工へと向かうことは、ごく自然な流れだったのかもしれない。ものをつくりたいという一心で金属に触り始め、大学卒業と同時に父親の工房に弟子入りした。
「職人になろう!」などという確固たる決意があったわけではないという。
ただただ、つくりたい。そんな純粋さは、“ものづくりが大好きな女の子”のまんまだ。
●等身大のものづくり
「作品には自然と自分らしさ、性格なんかが出てしまう」
その言葉に、作品の持つ雰囲気とご本人から感じられる空気感とを思い、妙に納得する。
自らの性格を、“大雑把”“楽天的”と表現する千香子さん。
「そんな部分が作品に出てしまってもいいんかなっていう気はするんですけど…」と笑う。そしてその後、こんな風につぶやいた。
「でも、それくらいの方が使いやすいんとちゃうかなー」。
出来上がった作品が“使われる”ということを、いつも考えるという。
周りの人、自分だったらどんなものに魅力を感じ、どんなものを欲しいと思うのか。どうすれば手にした人に使いやすいと感じてもらえるか。
その問いに明確な答えはないのかもしれない。しかし、「“使ってもらう”っていうのが嬉しいんです」そう言って、彼女は少しはにかんだ。その表情は、自らの手でつくり出す“ものたち”、そして“ものづくり”という行為への深く静かな愛情に溢れていた。
●未来を担う若き職人として
数多ある金工の技法の中で千香子さんが手がけるのは、鎚で打ち延べて形を作っていく「鍛金」と呼ばれるもの。地金を加熱することで柔らかくし、それを鎚で打つ。その繰り返しによって徐々に成形していく。素材と丁寧に向き合いながら打ち続ける地道な作業だ。
ひとつの作品をつくり上げるのに2週間から、大きなものだと1ヶ月ほどかかるという。その間はほぼ、打ち続ける作業を繰り返す。
「鍛金はこつこつと打ち続けて人が使うものを作る。ぱっと華やかな感じはないけど、縁の下の力持ちっていう感じ。そういう地道なところに惹かれる。」
凛と前を見つめながらそう語る彼女の顔は、穏やかながらも芯の通った”若き職人、植田千香子”だった。
近年、作中に取り入れているグラフィックデザインによる絵柄付けは、千香子さんが向き合い続けている問いに対するひとつの挑戦だ。
今の時代、今の生活の中に根付く工芸の模索。その答えは、例えば「自分の周りの人に使ってもらいたい」と話す彼女の“今、ここに、生きている”という、生身の感覚を大切にしたものづくりの中にこそあるのかもしれない。
『植田千香子 金工展 「手の跡・鎚の跡」』
期間:5月11日 (火) ~15月22日 (土) <16日 (日) は休廊>
時間:午後12時30分~午後6時
(*最終日22日は、5時よりご本人による陳列品解説があります)
場所:清課堂ギャラリー
電話: 075-231-3661
本展は、植田千香子にとって初めての個展です。
過去の作品から新作まで、植田千香子という作家の魅力を目一杯感じることのできる内容となっております。