アルメルの、これまでの滞在制作の集大成、『“編む”から広がる物語 アルメル・バロー』まで残すところあと数日です。展覧会間近となった今、改めて彼女が過ごした日本での4ヶ月間に迫りたいと思います。
●日本での生活がもたらした変化
アルメルは日本で生活する中で、自身の“モノ”に対する捉え方のようなものが変わってきたと言います。
まだ来日間もない頃、着物の文様において「雪」のモチーフは、あえて夏着物に使われることがある、そんな話を耳にしたそうです。雪そのものの性質―冷たさや季節感―を「涼しさ」を演出する要素として新たな価値を吹き込む。そのエピソードは、既存の「雪=冬」に止まらない視点として、これまでにはない物との関係性を彼女に感じさせました。
それは、物の見方や、付き合い方という点で日本独自の文化と言えるのかもしれません。
元来、日本人は物の向こうに物質としての“モノ”以上の何かを見出だす興趣があります。私たち人を含め、様々な存在を物越しに見たとき、そこには実体を超えた価値や意味が発生します。
それらは私たち清課堂が大切にしてきた基本理念にも共通することです。その一端を、日本での生活や人々との触れあいの中で感じ取ったのでしょう。
●ワークショップにて
さて先日、8月半ばのことです。展覧会に先立ちワイヤーアートのこと、そしてアルメルのことをより知っていただくことを目的としたワークショップを開催しました。少人数の募集ではありましたが、老若男女、様々なお客様が参加してくださいました。
まずは、アルメルが手本を。皆さん、あまりにも手早く仕上げていく彼女の手つきに、驚きを隠せない様子でした。1本のワイヤーを曲げたり伸ばしたり、折り返したり巻きつけたりと、どんどん線を繋げていきます。これが実際にやってみるとなかなかに難しく、お客様は、一筆書きのようにして描かれるラインを見つけ出すのに四苦八苦です。
「見本を見ながらつくるのではなく、まず自分の頭の中でイメージすること。イメージしたら次に線を見つけ、それを辿るようにして形を再現する。」
イメージは常に無限に自由であることを、彼女は私たちに改めて教えてくれます。そして、それぞれの頭の中にぼんやりと思い描いていたモチーフの輪郭が、ワイヤーによって徐々にくっきりと形を成していくのです。
今回のワークショップを経験したお客様方には、アルメル・バローというアーティストが、自身の制作においていかに“モノ(存在)”を捉え、そして自らのイメージの世界と対話しているのかを感じていただけたのではないでしょうか。
●日本での初個展
今回の清課堂ギャラリーでの個展は、アルメルにとって日本で初めての展示となります。言わば日本における彼女のまなざしを追い、共有する場となるはずです。また、ギャラリースペースの茶室や和室といった「和の空間」とどのように対話し、自身の世界を表現するのか、とても楽しみでもあります。
さらに、近年アルメルはワイヤーのラインが壁につくり出す影にも注目しているそうです。影のつくる、本体とは印象を異にするその表情は、より見る者の想像力を刺激します。是非その点にも注目してご覧になってください。
「編む」という一連の行為から始まり、広がり続けるイマジネーションの世界、その終わりなき物語の続きを多くの方々に紡いでいただきたいと思います。
展覧会
「編む」から広がる物語 アルメル・バロー
期間:2010年9月11日(土)~ 2010年9月25日(日) ※12日(日)のみ休廊
時間:10:00~19:00
会場:清課堂ギャラリー
アルメルからのメッセージ
ある日、私はガストン・バシュラールの「物質」に関する思想についての討論において「人間の魂の目指すところは魂自身に現れる、なぜならば魂は『物質のエネルギーには魂に働きかける力』というものが存在していることを認知しているからである」ということを耳にしました。
そして、この魂に働きかける力とはイマジネーション、すなわち想像させることであります。物質を凝視することによりそのエネルギーに様々な想像力がひらかれてゆきます。
この言葉を聞き私は非常に強い衝撃をうけ、そしてまた同じくこの言葉は私が金属線によるデッサンを作り上げる行為の間に何を強く感じているのかを鮮明に表しています。この物質の持つ造形上の特性は私に想像することからひとつの表現への進化を可能にし、違った想像力をかきたてながら表現を見えるものにしてくれます。
この世の中での関係というものは物事との緊密な接触によって存在する。これはバシュラールいわく、認知、あるいは物質的詩学であります。
私は素材として用いる物質とこのような本質的な対話が得られるよう試みていきたいと考えています。
結果は終点ではありません。制作の行為そのものが重要なのであり、次に、今度は作品を凝視される皆様が想像力をかきたてるということが重要なのです。
アルメル・バロー
関西日仏交流会館 ヴィラ九条山レジデント
(2010年5月から2010年8月末までヴィラに滞在)
フランス総領事からのご挨拶
蜘蛛のごとくアルメル・バローは根気よく、巧みに作品を織り上げます。しかし彼女が原画のモチーフを描くのに用いているのは金属であります。鋭い感受性で物事に共鳴し、様々な出会い、旅の際に得ることができた多種多様な発見により彼女のイマジネーションはより豊かなものとなりました。
そして奥深い文化、象徴的な神話の国日本はアルメル・バローにとって枯れることのないインスピレーションの泉であり、さらに長きにわたり彼女はこれからもこの国で渇きをいやすことでしょう。彼女の素晴らしいプロジェクトがさらなる成功を収め、多くの皆様が彼女の作品展を訪れ、称賛されますことをお祈り申し上げます。
フィリップ ジャンヴィエ・カミヤマ 在京都フランス総領事”