『美器 ―優美な錫器の匂い立つエロスに溺れる― 』
2010年6月21日から6月27日まで清課堂ギャラリーにて開催いたしました本展は、京都造形芸術大学の学生5名が、それまでにない切り口で錫器の魅力に迫ろうとするものでした。そして、それは同時に清課堂にとっての新たな試み、挑戦でもありました。
●いつもと違う清課堂ギャラリー
今回、学生たちは「映像」「写真」「インスタレーション」という3つの手法を使った展示を行いました。
店舗からギャラリーへと続く細い通路を抜けた先、ぼんやりと浮かび上がるモニターに映し出されるのは、幾人もの手が徳利を撫でまわす様や、トロリとした液体が溢れ表面をゆっくり伝い流れる様子。カーテンにより明暗の層がつくり上げられた蔵の中には、様々な表情を切り取った錫器の写真が展示され、そして茶室では、縄で縛られ吊り下げられた徳利の姿が蜜蝋の仄暗い光に照らされ浮かび上がる―。
私含め、おそらく多くの方々が、それまでに見たことのない錫器の一面を目の当たりにされたのではないでしょうか。彼らのアプローチは斬新かつ的を射たものでした。“モノ”の持つある側面を、様々な手法や演出でもって“魅せ”ようとする。従来の展覧会とは、一線を画す試みです。
彼らのやりたかったこと、やろうとしていたことに技術や力量が追いついていなかった部分があったことは否めません。しかし、映像や茶室でのSM風インスタレーションに関しては、見るものに訴えかける仕掛けとして評価できるものだったように思います。
●『美器』展とはなんだったのか
本展は、お客様に対する彼らからの問いかけであり提案でした。「美」とは、「エロス」とは、「錫」とは…。表現として“完璧”とはいきませんでしたが、そのことが図らずしも、お客様自身の考える余地を多く残すことになったというのも事実です。ご来場くださったお客様が、それぞれに問いを持ち帰り、考えるきっかけとなったのであれば本展の開催は意味あるものだったと思います。
今回のように外からの、しかも若い力による働きかけは、新たな風を吹き入れるだけでなく、私たちに様々な気づきをもたらしてくれました。今を生きる私たちが様々なことにチャレンジし変化していくことでこそ、伝統は後世に繋げ得るのだという思いのもと、今後も「動き続ける清課堂」でありたいと考えています。
展覧会開催に寄せて 清課堂7代当主山中源兵衛氏と京都造形芸術大学の学生との取り組みは、当主自らお越し頂いた2009年度京都造形芸術大学卒業制作展で、学生たちの瑞々しい感性と発想に出会われたことがきっかけでした。折りも折り、店舗併設のギャラリーのスタイルがやや固定化していたことから、節目となる創設30周年を機に、学生と協同でギャラリーに新しい風を送ってみたいとの希望が大学に寄せられました。
そして、当主の熱い思いに共鳴した5名の学生が参集、プロジェクトチームが起動し、本年1月より活動をスタート、4月以降、本展覧会の企画に着手しました。 170余年続く老舗の当主と未知数の才能を持った学生たちの組み合わせ、それ自体が革新を希求する老舗ならではの姿勢を見ることが出来ます。学生たちも、表面的な理解では錫器の真の美しさと魅力を伝える展覧会は企画出来ないと考え、春休みを返上、見習いとして店舗に通い、錫器に触れ、親しみながら、表層だけでは見えない、奥に潜む美を感じとるための貴重な経験を積み重ねました。
錫器の美が熟成された悠久の時間から思えば、甚だ短期間に過ぎませんが、彼らの想いは今回の展覧会テーマの一言一句に表されています。 そもそも展覧会を開く意義とは何でしょうか。それは固定されたモノのイメージに、新たな視点を投影させることによって、人の感覚を覚醒させることにあると考えます。これまでなかった新しい作品を発表すること然りですが、たとえそれが見慣れたものであっても、思いがけない視点を提示することによって、より深くそのものを見極めることが出来、胸がすくような発見を呼び覚まします。
とはいえ、錫器の究極の美に触れた学生たちの精一杯の「見立て」に対し、通俗的概念に左右されることなく、テーマの背景にある純粋な想いに革新への希望を託された、清課堂7代当主のおおらかさと、老舗の懐の深さに心より敬意を表すものです。ご来場の皆様方には、テーマを通して見えてくるであろう錫器が放つ官能の美に、しばし心酔して頂ければ幸いです。
2010年6月吉日
学校法人 瓜生山学園 京都造形芸術大学 ものづくり総合
研究センター 主任研究員 藤井 秀雪
展覧会によせて
清課堂 七代 山中源兵衛
京都造形芸術大学に当ギャラリーを使った斬新な企画を、とお願いしたところ、選りすぐりの学生が集められ、これだというものが提案されました。 それは見事に核心を捉えており、彼等は紆余曲折を繰り返しながらも十分にこの企画を練ってこられました。古(いにしえ)より解読され表現されたこの壮大で難解なテーマに対して、彼等は2ヶ月をかけてひとつの答えを出してくれました。 私共はこの展覧会を、誠意を持って世に問いたいと思います。 発表を迎えるにあたり、藤井秀雪先生、山下里加先生におかれては、彼等と本企画をここまで導いてこられたこと、あらためて感銘と深い感謝の意を表します。
清課堂で扱う錫という素材は、鉄や銀に比べて軟質で、傷つきやすく繊細です。伝統に裏打ちされた確かな技術によって生み出される器は、しっとりとなめらかな曲線美を描き、つつましく穏やかに光を受けとめ、光を放ちます。私たちは、その錫器の佇まいに女性的なエロスを見出しました。 風情ある寺町の表通りから、製品としての錫器が並ぶ店内へ。そして奥へ進むほどに深まる官能の世界。ショーケースでしとやかに並んでいた錫器の婀娜(あだ)なる姿を目撃したあなたの目に、清課堂の製品はこれからどう映るのでしょうか。夜にだけ開かれる本展で、錫器の誘惑に溺れてみてください
京都造形芸術大学 清課堂プロジェクトチーム
芸術表現アートプロデュース学科 アートプロデュースコース 東佑亮
表現アートプロデュース学科 アートプロデュースコース 岡田映里
環境デザイン学科 インテリアデザインコース 小川隼
環境デザイン学科 建築デザインコース 丸岡翔
環境デザイン学科 建築デザインコース 柳川周也
今回の展覧会においては、清課堂はあくまで素材であり、学生達は全く新たな読み解き方、見せ方をしてくれました。言い換えれば俎板の上の鯉の気分であって、展示については口も手も出せないままなすがままでありました。 逆に清課堂として出来ることは展覧会自体を盛り上げることであり、ご来場の客様にさらに楽しんでいただくことだと考え、今回は特別な趣向を凝らしました。
毎日10リットルの食前酒「サングリア」を漬け込んで、錫の器に入れ多数ご来場の方々に振舞いました。蒸し暑い夕暮れ時によく冷えた軽いアルコールを、さらによく冷えた錫のカップをお使いいただきました。 さらなる趣向として、町内にある京都では有名なスペイン料理店「LA MASA」による生ハムの振る舞いをしました。社長木下氏自らスペインの熟成ハムを切り分け、お客様にはサングリアと共に楽しんでいただきました。
展覧会の取材記事は、京都新聞紙面(表紙と見開き)に大々的に取り上げられました。